「駅長ファルメライアー」(ロート)

それを「愚か」と呼ぶか、純粋な人間性の発露と捉えるか

「駅長ファルメライアー」
(ロート/渡辺健訳)
(「百年文庫037 駅」)ポプラ社

「百年文庫037 駅」ポプラ社

列車事故の現場に駆けつけた
駅長・ファルメライアーは、
担架に寝かされた女性に
心を奪われる。
回復した女性は、
故国ロシアへと帰る。
ファルメライアーは、
彼女への思いを断ちがたく、
応召し、ロシア戦線へと向かう。
そこで彼は…。

「オーストリアのある駅長
アーダム・ファルメライアーの
奇妙な運命は」の書き出しから始まる
本作品。
主人公のファルメライアーの行動は
この上なく奇妙であり、
一読しただけでは
なかなかストンと落ちてきません。
しかし、平凡に生きてきた平凡な男が、
その旨を焦がした熱い恋情の赴くまま、
突っ走るように生きた有様は、
確かに心を打つ何かがあります。

〔主要登場人物〕
アーダム・ファルメライアー
…オーストリアの小さな駅の駅長。
 妻と双子の娘を持つ。
アニャ・ヴァレフスカ
…オーストリア旅行中、
 列車事故に遭遇、
 ファルメライアーに助けられる。
ヴァレフスキー伯爵
…アニャの夫。出征し、
 行方がわからなかったが、帰還。

今日のオススメ!

事故現場で助けた女性ヴァレフスカへの
思いを断ち切れなかった彼は、
オーストリアとロシアとの間に起きた
戦争を好機と捉え、
戦線へと身を投じるのです。
彼女に会える保証など
無いにもかかわらず、
命を失うかも知れない戦場へ
赴くのですから、尋常ではありません。
また、機会を捉えてロシア語を学び、
彼女と意思疎通できるレベルまで
身につけたのですから、
その執念も相当なものがあります。
さらにはその語学力を使って
司令部付きの諜報官となり、
彼女の住む地において
勤務できるように画策するなど、
策士としての一面も覗かせます。

さらには彼女の自宅に乗り込み、
厚かましくもそこで
休暇を過ごせるよう要求するなど、
出征後の彼の姿は、
それまでの片田舎の駅長とは思えない
変身ぶりなのです。
何が彼をそうさせたか?

彼はそれまで人としての道に
外れることなく過ごしてきたのです。
妻とのなれそめも
「打算結婚」が一般的であった当時、
「恋愛結婚」という
誠実な過程での結果です。
駅長という仕事も、
父親から譲られた仕事であり、
冒険もせず、その代わり失敗もせず、
生きてきたのです。

また、彼の小さな駅には、
急行列車は止まりません。
駅に降りる人間よりも、
駅を素通りする人間の方が
はるかに多いのです。
そんな彼が事故現場で見つけた
美しい女性に心を惹かれてしまうのも、
もしかしたら偶然ではなく
必然的な成り行きなのかも知れません。

まさに人生をかけた勝負に出たのです。
彼は見事に彼女の心を奪い、
子を授かるまで
関係を深めていくのです。
しかしそれも長くは続きません。
行方不明となっていた
彼女の夫が帰還するのですから。
彼はいったいどうするのか。
ぜひ読んで確かめてください。

列車は、自動車のように自由に
横道にそれることなどできません。
レールの上を走るがゆえに、
きわめて安定した状態で
目的地までたどり着けるのです。
ファルメライアーのそれまでの人生も、
まさに鉄路の上を走る鈍行列車の
ようなものだったのでしょう。
揺るぎなく走っていたのです。
その列車がレールを外れることは
脱線事故なのです。
彼の恋愛は、予定されていた
人生の軌道を大きく逸れて暴走し、
脱線、もはやもとのレールの上に
戻ることはありませんでした。
それを「愚か」と呼ぶか、
純粋な人間性の発露と捉えるか、
読み手次第なのかも知れません。

ヨーゼフ・ロートという魅力的な作家と
出会うことができました。
百年文庫というアンソロジーは、
計300人の作家の
作品が収められています。
まだまだ新しい作家との出会いを
果たせそうです。

〔「百年文庫037 駅」〕
駅長ファルメライアー ロート
グリーン車の子供 戸板康二
駅長 プーシキン

〔ヨーゼフ・ロートの本はいかが〕

〔百年文庫はいかがですか〕

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